堀江敏幸『雪沼とその周辺』

小さなレコード店や製函工場で、時代の波に取り残されてなお、使い慣れた旧式の道具たちと血を通わすようにして生きる雪沼の人々。廃業の日、無人のボウリング場にひょっこり現れたカップルに、最後のゲームをプレゼントしようと思い立つ店主を描く佳品「スタンス・ドット」をはじめ、山あいの寂びた町の日々の移ろいのなかに、それぞれの人生の甘苦を映しだす川端賞・谷崎賞受賞の傑作連作小説。

雪沼という架空の土地に暮らす人々を主人公に、彼らの穏やかな日常生活をほんの少し切り取って垣間見せてくれる連作小説。どの短編でも特別大きなドラマが起こるわけではなく、静かな暮らしの中にささいな物語が展開されるだけなのですが、ゆったりと美しい文章で丁寧に描かれる彼らの人生にはいずれもほんの少しだけ閉じた孤独の気配が感じられて、それでも誠実に淡々と生きている姿を見ていると、なんとなく切なくそれでいて暖かい気持ちになってきます。誰もが心にいろいろなものを抱えながら、それでも地道にまっすぐに生きているんだという著者のメッセージが込められているような素敵な作品集です。