『ディア・ドクター』

2009年 日本(127分)
監督:西川美和
出演:笑福亭鶴瓶瑛太余貴美子井川遥


村でただ一人の医師、伊野(笑福亭鶴瓶)が失踪する。村人たちに全幅の信頼を寄せられていた伊野だったが、彼の背景を知るものは誰一人としていなかった。事件前、伊野は一人暮らしの未亡人、かづ子(八千草薫)を診療していた。かづ子は次第に伊野に心を開き始めていたが、そんな折に例の失踪事件が起き……。

『ゆれる』の西川美和監督による作品。今回も前作に引き続いて、人間心理のあいまいさがメインテーマになっています。山間の小さな村で、住民たちから神様のように頼りにされている主人公の医師・伊野がついていたある嘘。彼はなぜそのような行動をとったのか、そして彼の行動ははたして罪といえるのか。

この映画においては、伊野がどのような行動をとったかを知ることはできいますが、彼がその行動に至った心理についてはっきりとした描写がなされていません。映画のちらしに「その嘘は、罪ですか」とあるように、監督はそのあたりの解釈を観る側にゆだねており、そして結論としてはきっと「本人もなぜそんなことをしたのかはっきりとはわからない」のではないでしょうか。

どんな人間でもすべての行動を100%自信をもって選択しているわけではなく、常に心の中ではゆらぎながらもなんらかの結論を出しながら生きている。そして、その場その場で最善と思える選択をしたつもりでも、なぜか思いもよらない結果を招いてしまうというのは伊野ならずとも誰にでも起こり得ることです。

何が正しくて何が間違っているのか、自分を含めて誰にも判断できないこともある。そんな当たり前だけどつい忘れてしまいがちなことを、改めて感じさせてくれる素晴らしい傑作だと思います。