ボリス・ヴィアン『心臓抜き』

過去を持たず、空虚な存在として生まれた精神科医ジャックモール。その精神分析は、他者の欲望・願望を吸収して自己を満たすために施される…

自己という概念をなくした(?)精神科医ジャックモールが、ふとしたきっかけで出産を助けた女性の家にとどまり、奇妙な村で過ごす日々を描いた小説。この村では、恥という概念を、「ラ・グロイール」と呼ばれる男がすべて引き受けることになっており、恥を知る必要がない村人たちは、老人売買や子供たちの虐待といった非道を平気で行っています。そして、自らの空虚な心を他人の欲望や願望でうめようとするジャックモールは、こうした状況に嫌悪感を抱きつつも、次第に彼らに同化していくことに…。そして、物語は子供たちが危険な目にあうのではないかという母親の狂気ともいえる強迫観念によって、どんどん意外な方向に捻じ曲がっていきます。

というような感じでほとんどあらすじの紹介になってしまっているのは、この小説の表現しようとしている内容を理解できたとは到底言い難いからですが、淡々とした文章ながらもリーダビリティは高く、「奇妙な味」系の小説として読んでも楽しめると思います。これが50年以上も前の作品だというのには、ちょっとびっくりしました。