セオドア・ローザック『フリッカー、あるいは映画の魔』

映画の中には魔物がいる―場末の映画館で彼の映画を観た時からジョナサンはその魔物に囚われてしまった。魔物の名はマックス・キャッスル。遺された彼の監督作品を観るにつけ説明できない何かの存在を感じるのだが…。

1998年の「このミステリーがすごい!」海外編1位。文庫本の上下巻をあわせて約1000ページの大作で、なおかつ会話が少なく地の文がぎっしり詰まっているので、読むのには少々骨が折れますが、ミステリーファンのみならず、映画ファン、伝奇小説ファンなどにもオススメできる素晴らしい作品だと思います。

物語は映画学科に在籍する主人公が、マックス・キャッスルという映画監督のB級映画に出会い、その不愉快な内容に嫌悪感を抱きつつもなぜか惹きつけられていくところから始まります。そしてその映像に隠された秘密を解き明かすため、マックス・キャッスルの忘れられた作品群を探求するうちに、その背後にさらに大きな謎が…という風にストーリーは展開されていくのですが、その中に映画史、映像技術に関する大量の薀蓄を織り交ぜながら丹念にディテールを描写し、ジョン・ヒューストンオーソン・ウェルズといった実在の人物も登場させるなど、ストーリー全体を実際の映画史に巧妙にはめ込み、どこまでが史実でどこからが虚構なのかわからなくなってしまうほど詳細に小説世界が構築されています。

特にマックス・キャッスルの映像技術を分析し、さまざまなエピソードを収集しながらその映像の謎に迫っていくあたりの展開は、映画ファンならずとも引き込まれること間違いなし。映像の描写も非常に魅力的で、この小説を読めばきっとマックス・キャッスルの映画を自分の目で観たくなると思います。そして、何よりも素晴らしいのはラストシーン。ネタバレは避けますが、伝奇小説的に広げに広げた大風呂敷をきっちり回収するのではなく、あくまでも映画を巡る物語として落とす方向にもっていく豪腕にはかなり驚かされました。

細かいことをいうと、実在する宗教や映画作品の取り扱い方など、少々危うさを感じる部分もないではないのですが、これは一読に値する大傑作。とにかく凄いです!