伊坂幸太郎『魔王』

会社員の安藤は弟の潤也と二人で暮らしていた。自分が念じれば、それを相手が必ず口に出すことに偶然気がついた安藤は、その能力を携えて、一人の男に近づいていった。

この小説の中ではファシズム憲法改正といった話題が何度も出てきて、登場人物たちが自らの考えを語り合う場面が繰り返し描かれています。本のあとがきで著者は「ファシズム憲法がテーマではありません」と述べていますが、ではこの小説のテーマは何なのか?それはきっと「“考える”ことの大切さ」ということなんでしょう。そしてまた「“他人の意見を聞いて考えたような気分になること”と“自分の頭で考えること”との違いを認識すること」なのかもしれません。普段から自分の頭で考え判断する癖をつけておかないと、いざ決断を迫られたときに、考えたつもりで大勢に流されてしまうことになりかねない、だからいつも「考えろ、考えろ」と言い聞かせておくぐらいでちょうどいい、そんな著者のメッセージが強く感じられました(「お前達のやっていることは検索で、思索ではない」というセリフが印象に残っています)。
小説としては、壮大な物語のプロローグだけで終わってしまった感じが多少物足りないのと、結末が読めてしまうあの人物の登場の必然性があったのか? などという疑問もあったりするのですが、そういう意味では単純なエンターテイメント小説ではないと割り切って読む必要があるのかもしれません。