カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』

自他共に認める優秀な介護人キャシー・Hは、提供者と呼ばれる人々を世話している。キャシーが生まれ育った施設ヘールシャムの仲間も提供者だ。共に青春の日々を送り、かたい絆で結ばれた親友のルースとトミーも彼女が介護した。キャシーは病室のベッドに座り、あるいは病院へ車を走らせながら、施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に極端に力をいれた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちの不思議な態度、そして、キャシーと愛する人々がたどった数奇で皮肉な運命に……。彼女の回想はヘールシャムの驚くべき真実を明かしていく――

カズオ・イシグロといえば、『日の名残り』でブッカー賞を受賞している現代文学の巨匠ですが、この『わたしを離さないで』はこの世に生を受ける意味を考えさせられるまぎれもない文学作品でありながら、なぜ主人公達は世間と隔離された施設で過ごしているのか、「提供者」とは何なのか、といった謎が少しずつ解き明かされていくミステリー的な要素や、少しネタばれ気味ですがSF的な要素も盛り込まれていて、エンタテイメント作品としても非常に楽しめるものになっています。次第にはっきりしてくる絶望的な真相にも関わらず、物語は終始静かな語り口で描かれており、そんな中で迎えるラストシーンの切なさと苦い感動は、抑制のきいた記述によってより一層際立っています。登場人物たちの心理もこれ以上ないほど繊細に表現されている、完成度の高い作品。
実は『日の名残り』以外、この著者の小説は読んだことがなかったのですが、これからどんどん読み進めていきたいと思います。