伊藤計劃『虐殺器官』

9・11以降、激化の一途をたどる“テロとの戦い”は、サラエボが手製の核爆弾によって消滅した日を境に転機を迎えた。先進資本主義諸国は個人情報認証による厳格な管理体制を構築、社会からテロを一掃するが、いっぽう後進諸国では内戦や民族虐殺が凄まじい勢いで増加していた。その背後でつねに囁かれる謎の米国人ジョン・ポールの存在。アメリカ情報軍・特殊検索群i分遣隊のクラヴィス・シェパード大尉は、チェコ、インド、アフリカの地に、その影を追うが…。はたしてジョン・ポールの目的とは?そして大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官”とは?

『SFが読みたい!2008年版』国内編1位の作品。新人作家の長編第1作ですが、文章は簡潔でスッキリしていて、さまざまなデータをちりばめる構成力も素晴らしい。とても新人の作品とは思えないハイレベルな内容でした。

特に執拗な残酷描写は印象的で、脳の機能をコントロールし人を殺す罪悪感を消滅させるというSF的設定とリンクして、感情を操作することの是非を読者に問うような構成がうまいですね。メインのネタとなる虐殺の文法については、説得力において若干首を捻るところもありますが、冒頭からラストにおける主人公の選択にいたるまでスピード感溢れる展開と緻密な心理描写で飽きさせることなく非常によくまとまった傑作。今後が期待されていただけに、著者の早逝は本当に残念です。