ポール・オースター『幻影の書』

救いとなる幻影を求めて――人生の危機のただ中で、生きる気力を引き起こさせてくれたある映画。主人公は、その監督の消息を追う旅へ出る。失踪して死んだと思われていた彼の意外な生涯。オースターの魅力の全てが詰め込まれた長編。

主人公の文学者デイヴィッド・ジンマーは家族を事故で失い傷心の日々をおくっていたが、ふとしたきっかけからある無声映画俳優の作品に魅せられ、心の痛手から逃れるため彼の作品の研究に没頭する…。

この小説は、知られざる名優へクター・マンの本を執筆するため残されたフィルムを追い求めて世界中を旅する主人公の物語と、謎の失踪をとげたへクター・マンの波乱万丈の人生から構成されており、魅力的な登場人物たちもあいまって、すべてを失った男の再生を描くストーリーテリングは相変わらず冴えまくっています。

そして映画を題材にしているだけあって、なんといっても素晴らしいのは映像が目に浮かんでくるような丁寧な細密描写。特に小説内映画「マーチン・フロストの内なる生」は、この部分だけでも一つの作品として成立しているぐらいの完成度です(と思ったら実際に著者のオースター自身が監督して映画化されているらしいです)。

作家であり映画監督でもある著者による、小説と映画の見事なハイブリッド。柴田元幸さんの翻訳も素晴らしく、物語の醍醐味が満喫できる大傑作です!