コーマック・マッカーシー『血と暴力の国』

ヴェトナム帰還兵のモスは、メキシコ国境近くで、撃たれた車両と男たちを発見する。麻薬密売人の銃撃戦があったのだ。車には莫大な現金が残されていた。モスは覚悟を迫られる。金を持ち出せば、すべてが変わるだろう…モスを追って、危険な殺人者が動きだす。彼のあとには無残な死体が転がる。この非情な殺戮を追う老保安官ベル。突然の血と暴力に染まるフロンティアに、ベルは、そしてモスは、何を見るのか―

コーエン監督によって映画化され、去年のアカデミー賞作品賞を受賞した「ノーカントリー」の原作。この本を読んでから映画の内容を思い出してみると、かなり原作に忠実につくられた映画だったみたいですね。

主要な登場人物は、麻薬取引現場に残された大金を奪い逃亡するモスと、それを追う殺人鬼シュガー、そして事件を捜査する保安官ベルの3人。なんといっても強烈な印象を残すのは、一切の人間的感情とは無縁で、己の内にあるルールにだけしたがって行動する、絶対的な悪として描かれるシュガーです。

シュガーがこのような人物になった背景は全く説明されず、彼に関わる人々にとってはまさに災厄そのもの。「人は己の運命を変えることができない」というシュガーの哲学と、自らの運命として絶対悪に対峙したときに人はどのような行動をとるのか、がこの小説の読みどころになってくると思います。

地の文と会話を区別せず、読点を極力使用しない文体と、心理描写がほとんどない文章は慣れてくると心地よくなってくるし、登場人物たちの考え方やセリフには一本筋が通っていて非常に魅力的。ありきたりでない小説を読みたい方には、ぜひ一読をオススメします。