恩田陸『チョコレートコスモス』

幼い時から舞台に立ち、多大な人気と評価を手にしている若きベテラン・東響子は、奇妙な焦りと予感に揺れていた。伝説の映画プロデューサー・芹澤泰次郎が芝居を手がける。近々大々的なオーディションが行われるらしい。そんな噂を耳にしたからだった。同じ頃、旗揚げもしていない無名の学生劇団に、ひとりの少女が入団した。舞台経験などひとつもない彼女だったが、その天才的な演技は、次第に周囲を圧倒してゆく。

なんとなく、演劇の世界を舞台にしたミステリーなのかなと思って読み始めたのですが、ミステリーの要素は全くない純粋に演劇界を描いたドラマでした。やはり恩田さんは、何かが起きそうな予感、不穏な雰囲気みたいなものを文章に漂わせるのが非常にうまい作家さんですね。冒頭の不思議なできごとから、若手実力派女優の登場、無名の劇団に現れた一人の少女…グイグイ物語に引き込まれて、あっという間にラストまでたどりつきました。

それぞれの女優のキャラの立ち具合であったり、超人的な能力を持った登場人物であったり、少し現実離れしたところはあるものの、目の前で演劇が繰り広げられているような臨場感あふれる文章は素晴らしいです。特に、後半に繰り広げられる舞台の上での女優たちの心理戦・演技合戦はお見事。文章だけで演技を表現するのは非常に難しいことだと思いますが、読者の想像力を喚起させる描写力はさすがだと思いました。

クライマックスに向けた牽引力は非常に強いものの、広げた大風呂敷を完全にたたみきらないのは相変わらずで、この作品にしても「第1部 完」といった感じのところで終わってしまいます。物語のその後を想像させるという意味では、いいことでもあるんでしょうけど、少し不満の残る結末ではあります。