アゴタ・クリストフ『昨日』

村の娼婦だった母の子として生まれたトビアス。ある事件を契機に名前を変え、戦争孤児を装って国境を越えた彼は、異邦にて工場労働者となる。灰色の作業着を身につけ、来る日も来る日も単調な作業に明け暮れるトビアスのみじめな人生に残された最後の希望は、彼の夢想のなかにだけ存在する女リーヌと出会うこと…。

悪童日記』にはじまる3部作に続く、アゴタ・クリストフの長編第4作。直接の続編ではないものの、主人公の設定や物語の雰囲気にはこれまでの作品と似た部分が多く見てとれます。

主人公のトビアスは工場で単純労働に従事しながら、文学を志し幻想的な雰囲気の文章を綴っているのですが、このあたりはハンガリーから亡命し、母国語ではないフランス語で小説を書き始めた著者自身の経験がかなり反映されているのだと思います。感情の描写がなかった3部作とは異なり、この小説では主人公の心理も積極的に描かれており、そういった意味でも著者の心象風景が投影された物語だといえるのかもしれません。

孤独や喪失を淡々と当然のことのように受けとめ、すべてを失い癒しなど望むべくもない状況にありながら、それでも前を向いて生きていこうとする強い意志が感じられる小説でした。